今日はセラピスト仲間との合宿に来ていますので短めに。
「ブルースは簡単に弾ける。だが、感じるのは難しい」とは、かの天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスの言葉ですが、歯でエレキを弾いたり、当時のギタリストが思いもよらなかったようなギターの機能の使い方といった彼の独創的なスタイルというのは、守破離の「離」そのものであり、彼はその「離」を「感じる」と表現したのでしょう。
どのようなジャンルであっても「離」と言われる領域に至るためには、膨大な時間をかけて地味な稽古をする必要があります。
彼も15歳で初めてギターを手にして以来、独自のプレイスタイルを確立するまでには、尽きせぬ情熱を傾け、想像を絶する練習量をこなしてきたことと思います。
その果てにつかんだのが、ライブの度に変わるアドリブを生み出す天才的な感性であり、演奏そのものなのでしょう。
ジミヘンが日頃どのように練習していたのかについては、さほど調べていないのですが、他の達人の稽古法で、その異常さが分かるエピソードがあるので紹介させていただきます。
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私は学生のころ、尻尾が三つ又になっている金魚を、十匹くらい金魚鉢に飼っていました。
このガラスのふちをポンと叩くと、金魚は一斉にパッと散るんですが、けっしてお互いにぶつかりません。うまくサッと体をかわすのです。
よく見ると、その操作は尻尾でやっています。
それで私は、金魚鉢を叩いては尻尾のどこに重心がかかっているのか観察しました。自分でも真似して足を動かしたりもしました。そんなことを十年くらいは続けたと思います。
『合気道修行―対すれば相和すへ』 / 塩田剛三 より引用
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彼は知る人ぞ知る合気道の達人で、JFKの実弟、ロバート・ケネディ夫妻のボディガードを片手で瞬殺したエピソードは、武道界ではあまりにも有名。
その彼が行っていた稽古法がこれです。
10年間金魚鉢を叩き続けるなど、常人からすれば正気の沙汰ではありませんが、そこまでしてこそ、あのような神技が身についたのだと思います。
彼らの日々の稽古は本当に地味で、傍目に見れば毎日大して変わりばえのないことを延々と繰り返していただけかもしれません。
しかし、それが長期にわたって積み重なっていったとき、圧倒的な力を伴って変容を遂げるに至るものなのだと私は確信しています。
地味な稽古の末に大きな変容を遂げること。私はこれを「地味変」と名付けて日々の修行をサボろうとする自らへの箴言としたいと思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
あなたに素敵な人生のひとときが訪れますように♪